|
|
|
||||||||||||||||||||||||||
![]() |
UK Report from Tomoko Mase in London 2001年3月まで掲載していたダイアリスト長谷川さんの友人であるタミーこと間瀬さんの、パワフルかつ洞察深いダイアリー。現在、音楽プロデューサーを目指してロンドン・カレッジ オブ プリンティングに留学中。 |
|||||||||||||||||||||||||
| センチメンタルなロンドンの別れ
隣の部屋にアジア人風の女の子が引っ越してきた。キマン(Kim-Anh)と名乗った彼女は、ベトナムの血を引くオーストラリア人であった。ベトナム人の両親が大陸に移民する船の中で生まれたのだという。「この辺りのことはまだよくわからないから、明日案内してくれる?」とロンドンに来て日の浅い彼女が言う。さっそく次の日、私たちは彼女の生活に必要なものを揃えにショッピングに出かけた。 それからというもの、キマンと私は毎日のようにお互いの部屋を行き来する仲となった。友人を訪ねて1週間、一緒にフランスを旅した。冬空の中、深夜バスを乗り継いで、ロンドンの夜景を見て回った。「アルコールは飲まない」という彼女も、次第に私に合わせてビールの1杯くらいはつきあうようになった。 しかし、学校での音楽コースが始まり、友人との交流や学校の課題に忙しくなってくると、毎日のように私の部屋のドアをノックしたり、携帯にメッセージを送ってくる彼女の存在が、少々煩わしく感じるようになった。「常に誰かと共にいたい」彼女の寂しさが、私にとっては重荷であった。彼女の友人のひとりが、彼女の部屋に滞在することになったのをきっかけに、私は彼女と距離を置くことにした。
それでも、週に数回は彼女からの「SOS」を受けて、相談にのっていた。彼女曰く「サリー(同居人)は私がいないと何もできないのよ。私は仕事もあるし、自分の生活もあるし、そこまで面
倒が見られない」さらに、「サリーが来る前の生活に戻りたい」と付け加えた。 私の不安どおり、その友人とキマンとの仲はうまくいかなかった。友人は夜遅くまで家に戻らなくなった。友人のフラットメイトたちも、キマンを心から歓迎しているわけではなかった。3週間を過ぎてもフラットを出ようとしないキマンに、周囲は苛立ちはじめる。責任を感じた私は黙っているわけにいかず、とうとう「お金がなくて住むところを探せないんだったら、国に帰った方がいいよ」と言ってしまった。 次の日、「来週オーストラリアに帰る」とキマンから電話があった。「そうか」としか返事ができない私。肩の荷が下りてほっとしつつも、なんだか心の中が虚しかった。いろんなことを思い出した。ピムリコの部屋で朝まで飲み明かしたこと、ふたりで映画を観て大泣きしたこと、遊園地の乗りもので悲鳴を上げ続けたこと・・・。
|
||||||||||||||||||||||||||
|
|||
ナマ情報に触れられると大好評のワールド・ダイアリー。読者の方の声を聞いて、より掘り下げた記事をお送りするため、みなさんからの感想を募集中です。「今回のダイアリーのこれがとっても面 白かった」とか「イギリスのこんなこと、知りたい」といった質問も含めて、どしどしお送り下さい。 |
|||
編集 荻村 |
|||











