|
|
|
||||||||||||||||||||||||||
![]() |
UK Report from Tomoko Mase in London 2001年3月まで掲載していたダイアリスト長谷川さんの友人であるタミーこと間瀬さんの、パワフルかつ洞察深いダイアリー。現在、音楽プロデューサーを目指してロンドン・カレッジ オブ プリンティングに留学中。 |
|||||||||||||||||||||||||
| ブラジルの格闘技、カポエラ
フラットメイトのナオコさんが、数カ月前、「最近‘カポエラ’始めたんだよね」と言った。彼女から聞いた話によると、‘カポエラ’とはブラジルの格闘技であるらしい。17世紀中頃、侵略者ポルトガル人は新天地ブラジルにアフリカ人奴隷を輸送しはじめた。そこで奴隷たちは‘センザラス’と呼ばれるプランテーションでの労働を強いられることになる。苦役から逃亡した奴隷のほとんどは、ポルトガル人たちによって発見され、命を落とすことになるのだが、運良く逃げ延びたものたちが‘キロンボ’というアフリカ人コミュニティを作り始める。格闘技Capoeira(カポエラ)は、彼らの自衛手段として編み出された。 背の低い灌木‘ブッシュ’の生い茂る地域での戦闘にあわせ、姿勢は常に中腰。奴隷たちは処罰のため腕を切り落とされたり、両手を後ろ手に結ばれていたりするので、攻撃は蹴り中心。両足の指に短剣を仕込んで闘うこともあったという。しかし、彼らの武装を恐れたポルトガル人は、アフリカ人の武術鍛錬に厳しい弾圧を加えはじめる。そこで考え出されたのが、武術と音楽の融合であった。アフリカ人奴隷の多くがアンゴラ(アフリカ南西部の国)出身であり、そこで武器として使われていた弓を楽器‘ベリンバウ’として改造。‘パンデイロ’と呼ばれるタンバリンと共に演奏し、動きを「ダンス」のように見せることに成功した。また、この音楽には宗教的要素も付加され、同じくカソリック教徒による厳しい弾圧下にあったアフリカの神々への信仰を暗喩していた。このアフリカ/ブラジルの宗教‘カンドンブレ’は音楽を通 して、‘カポエラ’と強いつながりを持つこととなる。こうして、アフリカ人たちは、支配者たちに気づかれることなく、武術鍛錬と自分たちの神への信仰を同時に行なうことができるようになった。
カポエリスタのひとりが会場から挑戦者を募り出した。若いバックパッカー風の男性が、挑戦を受けんと観衆の輪の中に入ってくる。彼は素人ながら、なかなかよい動きをする。観客も「がんばれー!」と彼を応援。すると、「俺もやりたい!」と明らかに酔っぱらいのオヤジが割り込んできた。「おまえはいいから、そこで見てろ」とカポエリスタが言うにも関わらず、「だって、俺はおまえの友達じゃないか〜!」としつこくからむ。しょうがなく彼の相手をしていると、オヤジはいきなり腹パンチ。いきなりの反則技に、カポエリスタはひっくり返ってしまった。 ここに格闘家ナオコさんがいたら、オヤジの挑戦受けてもらったのになあ、とぼんやり思う私であった。
|
||||||||||||||||||||||||||
|
|||
ナマ情報に触れられると大好評のワールド・ダイアリー。読者の方の声を聞いて、より掘り下げた記事をお送りするため、みなさんからの感想を募集中です。「今回のダイアリーのこれがとっても面 白かった」とか「イギリスのこんなこと、知りたい」といった質問も含めて、どしどしお送り下さい。 |
|||
編集 荻村 |
|||











