留学


Starting Out in London
社会人留学 ロンドンの第一歩

UK Report
from Naoko Hasegawa in London

編集者人生を一時棚に上げ、視野と経験を広げるために大学院留学を決行するも、予想外のハプニングに右往左往!

最終回 シベリアを越えて
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12時50分に成田空港を飛び立った飛行機は、それから11時間あまり「昼間」の世界を飛び続ける。チェックインカウンターに辿り着いたのが定刻の1時間20分前だったので、「通 路側で」という希望は、「真ん中の席が空きますよ」ということで、窓側の席に回された。案の定、寒くて眠れない。久しぶりの機内カンヅメ11時間はキツイ。昨年の秋から冬にかけてはふた月に1度、往復を繰り返していたのだが、よく耐えられたと思う。

本も機内誌も飽きてしまい、あまりに暇。そこでつい、わかり切っているので見たくもない、シベリアの大地を、窓のシェードを開けて見てしまった。ほとんどは雪を被り、谷の部分が線状に黒い地肌は、3万フィートの高所からなのに、近くに見える。ほとんど雲がなく、遮るものがないからだろう。もしあの地面 に立ってこの空を見上げたとしたら、今日は、とんでもない青空で、この飛行機はその真っ青のなかに一点光る粒なのだろう。シベリアは、5分間、窓に額をつけて見続けていても、なんの変化もない。建物はおろか、人造のもの何ひとつ見えない。東京から飛び立ってきた身には、どんなにどんなに歩いても、いや車で走っても、決して誰にも会うことのできない場所がこの世に存在するのって、信じられない気がする。

2週間あまりの里帰りは、両親、親戚、沢山の友達、仕事の仲間、会社の後輩、みんなが良くしてくれ、思い切り甘やかされ、ちょっと怖いほどだった。その再会の別 の面としては、東京の「日常」のなかに「非日常をまとった私」が帰ってきた、というような雰囲気もある。1年前までは、「日常」の中にいた私は、劇的なことはあまり起こらない、細々とした問題に耐えることが多い「普通 の日々」をみんなが(私も)背負っている、というのを感じるから、その優しさが嬉しくもあり、切なくもある。私は、こうしてイギリスにいて、何かを返してあげられるのかな? と考えざるえない。的はずれな考え方なのはわかっているけど。

飛行機に乗る数日前、銀座を友人と歩いていて、有名文房具店の1階のショーウィンドーに、「夜の地球儀」というのがディスプレイされているのを見つけた。巨大な地球儀上で、大地は黒いシルエットで、海の部分は暗いグリーンで色分けされ、夜間、「電気の灯火」があるところはオレンジ色の光となっている。北米大陸は両側の海岸線がオレンジ色の線で浮き上がり、ニューヨークやロサンゼルスなどの良く知られた街はオレンジ色のシミとなっている。それに引き替え対岸のアフリカはほとんど黒いまま、海のグリーンに沈みこんでいる。私たちは、いきおい、日本とUKの場所を探した。日本は全土がオレンジ色で覆われて、くっきりと浮き上がり、そこから右半分はほとんど真っ黒なユーラシア大陸を飛び越えて、ずっと北のほうにあるUKもまた、眩しいほどはっきりとした光で島の形が暗い北の海に浮かび上がっていた。その大きさ、明るさは良く似ていた。でも、その距離は、やはり離れている。

数時間、ほとんど景色が変わらない凍ったシベリアの存在は、やっぱり大きい。着いてしまえば、似たような東京とロンドンだが、物理的に広がる、その何もない地面 の上を延々と飛びながら、東京にいる家族や友人たちのことを思うし、私の退屈で、かつ、やることが多いロンドンでの日常を考える。多分、東京の友人知人は、私が遠い地で、何か違うものを私が見ていると思っているに違いない。あと数時間、この席で我慢したら、飛行機はヒースローに着き、私はそこから地下鉄に乗って、フラットに戻る。フラットメイトがテレビを見ているところに戻って、「ただいま」とハグをして、明日の朝のためにミルクを買いに近所の店に出かけるだろう。そして明日は、地下鉄の券売機の列に並び、学校で居眠りしないようにレクチャラーの言葉を必至に拾うのだろう。

機内のモニター上の白い線は、飛行機がシベリアを横切り、スカンジナビア半島上空を飛んでいることを示している。窓の外、飛行機の下はすっかり雲で覆われ、もう地表を見ることはできない。到着まで2時間を切って、「絶望的」とでもみんなが思っていたかのように静かだった機内は、ざわめきを取り戻している。私は、凝り固まった首と手を上下逆方向に伸ばしながら、でも、やっぱり違うものを見ているのかもしれないな、と思い直す。英語で書かれた数冊の本も読んだ。街で知らない人同士でも、目と目があえば笑顔を交わす、そんな日常があることも知った。それは今まで、私の中には無かったことなのだ。ならば、しっかり見なくては、過ごさなくては、この日常を、と思う。またシベリアを越えて、みんなと会える日のために。

最後に、アクセスしてくださった皆様、1年間、私的すぎる日常にお付き合いいただきありがとうございました。多分、イギリス留学の情報収集には、なんの役にも立たなかったと思いますが、それでももし、あなたがロンドンに来ることがあり、またこのタフな街で暮らすことになったとしたら「そういえば、毎週ぶつぶつ文句書いてた人もいたし、仕方ないよな」とあきらめてください。 で、万が一、どこかでお会いすることがあったら、teaでもハーフパイントでもいたしましょう。



●Language Box●
最終回:closer
定刻:appointed time
通路側の:on the aisle
人造の:artificial/man-made


image UK Report
from Naoko Hasegawa in London
長谷川直子 
60's東京生まれ。デザイン誌の編集者として約9年の激務を経て、99年12月に本格的に渡英。現在London College of Printingで「Enterprise and Management for Creative Arts」(デザインマネージメント)MAコースを履修中。
編集 萩村

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