2回に渡って、ユダヤ人差別、ユダヤ人のステレオタイプを決定的なものにした『ヴェニスの商人(The Merchant of Venice)』についてお話しています。
今週は、アル・パチーノが高利貸しのユダヤ人シャイロックを演じている映画『ヴェニスの商人』から、ユダヤ人差別の根深さを物語る台詞を見てみましょう。
まず、シャイロックが、娘がキリスト教に改宗してキリスト教徒の男性と駆け落ちしたためにショックを受けた後のシーンから。
彼は、アントニオ(ジェレミー・アイアンズ)の船が難破したことを知らされ、借金のかたとして約束通りアントニオの肉を1ポンド取ることを主張します。
アントニオの友人に「肉なんか取って、何の役に立つ?」と言われ、シャイロックはこう答えます。
To bait fish withal: if it will feed nothing else,
it will feed my revenge. He hath disgrac'd me and hind'red me half a million;
laugh'd at my losses, mock'd at my gains, scorned my nation, thwarted
my bargains, cooled my friends, heated mine enemies.
魚釣りの餌としては役立つさ。腹の足しにはならなくても腹いせにはなる。あいつは俺に恥をかかせ、50万ダカット損をさせ、俺の損を笑い、俺の得をあざ笑い、俺の民族をさげすみ、俺の商売を台無しにし、俺の友だちに水を差し、俺の敵に火をたきつけた。
And what's his reason? I am a Jew. Hath not a Jew
eyes? Hath not a Jew hands, organs, dimensions, senses, affections, passions,
fed with the same food, hurt with the same weapons, subject to the same
diseases, healed by the same means, warmed and cooled by the same winter
and summer, as a Christian is?
やつがそんなことをする理由は何かって? 俺がユダヤ人だからだ。ユダヤ人には目がないと言うのか? ユダヤ人には手がないのか、内臓が、四肢が、感覚が、感情が、情熱がないとでも言うのか? キリスト教徒と同じ物を食べ、同じ武器で傷つき、同じ病気にかかり、同じ療法で治り、同じ冬の寒さを感じ、同じ夏の暑さを感じることはないというのか?
If you prick us, do we not bleed? If you tickle us,
do we not laugh? If you poison us, do we not die? And if you wrong us,
shall we not revenge? If we are like you in the rest, we will resemble
you in that.
針を刺しても血が出ない、くすぐっても笑わない、毒を飲ませても死なないと言うのか? ゆえに俺たちはひどい目に遭っても復讐してはいけないとでも言うわけか? 俺たちが他の点であんたがた(キリスト教徒)と同じなら、この点でも同じはず。
If a Jew wrong a Christian, what is his humility?
Revenge. If a Christian wrong a Jew, what should his sufferance be by
Christian example? Why, revenge. The villainy you teach me I will execute;
and it shall go hard but I will better the instruction.
もしユダヤ人がキリスト教徒をひどい目に遭わせたら、それに対するキリスト教徒の謙虚な行為とは何だ? 復讐だろうが。もしキリスト教徒がユダヤ人をひどい目に遭わせたら、それに対する寛容な対処法とは、キリスト教徒のお手本に従えば何だ? そりゃ
復讐に決まっとる。あんたらが教えてくれた悪行を俺は遂行するのみ。教えられた以上に徹底的にやってやろうじゃないか。
自分には甘く、異教徒には厳しいキリスト教の偽善を痛烈に批判した名台詞なんですけど、欧米人たちはキリスト教徒の非道は棚に上げて、この台詞を
vindictive Jew(復讐好きなユダヤ人)のステレオタイプを明確に提示した名言と見なしています。
次に、借金のかたに肉を1ポンド取ることが許されるかどうか、という裁判のシーンを見てみましょう。
アントニオの友人バッサーニオ(ジョセフ・ファインズ)がシャイロックの残忍さを批判し、
Do all men kill the things they do not love?
「好きではないものは殺してしまう、人間とはそんな(残忍な)ものではないはずだ」
と言った後、アントニオはこう言っています。
I pray you, think you question with the Jew:
You may as well go stand upon the beach, and bid the main flood lower
its usual height; You may as well use question with the wolf, Why he has
made the ewe bleat for the lamb;
頼むからやめてくれ、ユダヤ人が相手なのだから。海岸に立って大きな津波に向かって通常の高さに鎮まれと命じるほうがまだましだ。狼に対して、なぜ子羊を殺して母羊を泣かせるのかと問うほうがまだましだ。
You may as well do anything most hard as seek
to soften that--than which what's harder-- His Jewish heart: therefore,
I do beseech you, make no moe offers, use no farther means, but with all
brief and plain conveniency. Let me have judgment, and the Jew his will.
あのユダヤ人の固い、どうしようもないほど固い心を和らげようとするよりは、至難の業に挑戦するほうがましだ。だからもう問答はやめて、手を引いてくれ。そして早く決着をつけて、俺に判決を、あのユダヤ人に望みのものをあたえてくれ。
ユダヤ人に対する猜疑心と偏見の根深さを物語る台詞ですよね。
ローマから来た学者に変装したバッサーニオの恋人ポーシャ(リン・コリンズ)の台詞を見てみましょう。
Tarry a little; there is something else. This
bond does give thee here no drop of blood; The words expressly are 'a
pound of flesh': Take then your bond, take thou your pound of flesh; But,
in the cutting it, if you do shed
one drop of Christian blood, your lands and goods are, by the laws of
Venice, confiscate unto the state of Venice.
(アントニオの肉を切り取ろうとするシャイロックを制して)待て、あわてるな。まだ言うべきことがある。この証文は血を一滴もおまえに与えていない。「肉1ポンド」とのみ明記されている。ゆえに証文通りに肉を1ポンド取るがいい。だが、切り取るときにキリスト教徒の血を一滴でも流せば、おまえの土地・財産は全てヴェニスの法律に従い国庫に没収されるのだ。
「アントニオの血を一滴でも流せば」とか、「相手の血を一滴でも流せば」という表現ではなく、わざわざ「キリスト教徒の血を一滴でも流せば」と言っていることにご留意を。
この裁判がシャイロックとアントニオ、という「個人vs個人」の対決ではなく、「強欲で残忍なユダヤ人vs情け深く道徳的なキリスト教徒」の対決であることがイヤというほど明らかにされていますよね。
学者に証文を曲解され、肉を切り取ることを諦めたシャイロックはバッサーニオが肩代わりをしてくれたお金をもらって引き下がろうとしますが、「ヴェニス市民の生命を奪おうとした罪」を着せられ、処罰は公爵の一存にゆだねられます。
最後に公爵の台詞を見てみましょう。
That you shalt see the difference in our spirits,
I pardon you your life before you ask it. For half your wealth, it is
Antonio's; The other half shall come to the general state,
われわれ(キリスト教徒)の心がおまえといかに違うか見せしめるために、おまえが命乞いをする前に命を助けてやろう。おまえの財産の半分はアントニオのものとし、残りの半分は国庫に収めるものとする。
この後さらにシャイロックはキリスト教徒に改宗することを強いられ、アントニオやバッサーニオはポーシャの働きを知って大いに浮かれ騒いでハッピーエンドとなります。
でも、詐欺としか思えないポーシャの知恵を褒めそやし、始終キリスト教の優越性をたたえているこの戯曲って、なんか後味が悪いと思いませんか?
もし、実際にこの作品を読んで「喜劇」だと思って笑った方がいらしたら、この作品に出てくるJew(ユダヤ人に対する蔑称として使われることが多い)をJapに、JewishをJapaneseに置き換えて読み直してみてください。
自分が差別される側に立ってみると、社会の中の弱者の心境が少しでも理解できますよね。
関連サイト
ボキャブラリー
bait:餌
revenge:復しゅう、報復、腹いせ
mock:ばかにする、あざけり笑う
scorn:さげずむ
thwart:さまたげる、邪魔をする
organ:臓器
villainy:悪事、極悪
ewe:雌の羊
beseech:嘆願する、熱望する
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