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アメリカン・カルチャーを知る英語講座

Updated every Monday, 更新日:6月13日

ジャーナリスト 西森マリー先生

西森先生
西森先生のプロフィール
日本ではほとんど知られていないもう一つのアメリカから情報発信するジャーナリスト、西森マリーさん。背景を知れば、英語もなっとく。マリーさんから、もう一つのアメリカとアメリカ英語の背景を学ぼう!


アメリカン・カルチャーを知る英語講座 62

洋画をネイティブ感覚で鑑賞するために必要なキリスト教の知識6〜『薔薇の名前』その5
The Name of the Rose Part 5
 

数週にわたって、キリスト教の宗教的背景がよくわかるショーン・コネリー主演の映画『薔薇の名前(原題:The Name of the Rose)』を題材に、知っておくと役立つキリスト教の知識に関してお届けしています。



『薔薇の名前』の最終回は、修道士サルヴァトーレ(ロン・パールマン)とレミージョ(ヘルムート・クヴァルティンガー)がベネディクト修道会に入会する前に参加していたドルチーノの組織に関して、ご紹介しましょう。

『薔薇の名前』では、サルヴァトーレとレミージョがドルチーノ派に属していた、ということがプロットの中で重要な役割を演じていますが、実はドルチーノ派の実態は未だに謎に包まれているのです。

まず、歴史学者、宗教学者の見解が一致している部分を紹介しましょう。
ドルチーノは1300年にイタリアに現れた人物で、「聖霊からの預言を授かった」と言って、ローマ・カトリック教会に反抗し独自の教会を作りました。

質素で貧しい暮らしをすることのみが神の道だと言う、ドルチーノの言葉を信じた人たちはドルチナイトと呼ばれ、彼らは巨万の富を蓄積していたローマ・カトリック教会から異端者と見なされました。そして、ドルチーノは1306年にローマ法王クレメント5世が送った使節に捕らえられ、拷問された末、火あぶりにされました。

これは、史実として認められています。
でも、ドルチナイトがどんな活動をしていたかに関しては、14世紀前半に異端審問マニュアル本を書いたベルナルド・ギーの報告書に基づくローマ・カトリック教会の見解と、近代に入ってからの研究者たちの見解がかなり違うんですよね。

前者は、「ドルチナイトは金持ちや司祭を襲って、殺し、富を貧者に分配した」というもので、ドルチナイトをテロリスト集団のように描いています。
後者は、「ドルチナイトはそもそもローマ・カトリック教会の権威に反発していた地方の領主や領民たちに慕われていた平和的な集団だったが、ローマ・カトリック教会に攻撃されたので自己防衛として戦った結果、『人殺し』のレッテルを貼られるハメになってしまった」というもの。

カトリック教徒の多くは前者の説を信じていますが、単に一般教養としてキリスト教史を学んだ人たちのほとんどは、真相は後者に近いだろうと思っているようです。

これをふまえて、『薔薇の名前』のサルヴァトーレとレミージョが関わるシーンを見直してみましょう。

まず、ラテン語、イタリア語、フランス語などが入り交じった奇妙な言葉を話すサルヴァトーレに、「Penitenziagite(悔い改めよ)」と言われたアドソ(クリスチャン・スレーター)とウィリアム(ショーン・コネリー)の会話から。

Adso: What was the word you both kept mentioning?
William: Penitenziagite.
Adso: What does it mean?
William: It means tnat the hunchback, undoubtedly, was once a heretic. Penitenziagite was the rallying cry of the Dolcinites.
Adso: Dolcinites? Who were they, master?
William: Those who believed in the poverty of Christ.
Adso: So do we Franciscans.
William: But they also declared that everyone must be poor. So they slaughtered the rich. You see, Adso, the step between ecstatic vision and sinful frenzy is all too brief.
アドソ: 先生と彼(サルヴァトーレ)は繰り返し何と言っていたのですか?
ウィリアム: ペニテンツィアージテ(と言ったのだ)。
アドソ: どういう意味ですか?
ウィリアム: あのせむしは疑いなくかつて異端者だった、ということだ。Penitenziagiteはドルチナイトのときの声だった。
アドソ: ドルチナイト? どんな人たちだったのですか?
ウィリアム: キリストのように貧しくあれ、と信じた者たちだ。
アドソ: 私たちフランシスコ修道士たちもそう信じています。*脚注1)
ウィリアム: だが、彼らは全ての人々が貧しくなければいけない、と断言し、金持ちを虐殺した。盲目的信仰と罪深き狂乱は紙一重なのだ。

次に、ベルナルド・ギーに拷問されたサルヴァトーレがドルチナイトだったことを告白した後に、レミージョが宗教裁判にかけられるシーンを見てみましょう。

Gui: Romigio de Varagine, do you deny the confession of your accomplice?
Romigio: No, I don't deny it. I'm pround of it! For the 12 years I lived here I did nothing but stuff my belly, shag my wick, and squeeze the hungry peasants for tithes. But now you have given me the strength to remember what I once believed in with all my heart. And fot that, I thank you.
Gui: To remember that you wantonly looted and burned the property of the church?
Romigio: Yes! To give it back to the people you stole it from in the first place.
Gui: And did you not also slaughter many bishops and priests?
Romigio: Yes! And I'd butcher you people if I had half the chance!
ギー: ヴァラージネのロミジオ、あなたは共犯者の告白を否定しますか?
レミージョ: いいえ。認めます。(ドルチナイトだったことを)誇りに思っています。私は12年間もひたすら腹を満たして、性交し、飢えた農民たちから税を搾り取ってここで暮らしてきました。でも、今、あなたのおかげで自分がかつて心底から信じていたことを思い出す勇気を得たのです。ですから、あなたに感謝しています。
ギー: ローマ・カトリック教会の所有物を、奔放に略奪し焼き払ったことを思い出したことに対してですか?
レミージョ: その通り! そもそもあなた方が民から奪ったものを民に返すためにしたことですから。
ギー: その上、あなたは司教や司祭を虐殺しましたよね。
レミージョ: いかにも! つゆほどでも可能性があればあなた方のことも殺したいくらいです。

これらのやりとりから、『薔薇の名前』がローマ・カトリック教会の説を全面的に受け入れていることが明らかなので、この映画がカトリック教徒の考え方を理解するために非常に役立つことがおわかりになると思います。


ちなみに、この映画は「絶対権力VS自由思想」というテーマの他に、「宗教(保守的なローマ・カトリック教会)と科学/論理的思考(ウィリアム)の対立」を描いた作品でもあるため、ブッシュ政権が推し進めているアメリカ神国化に反対する人々は、アメリカの現状を嘆くときに『薔薇の名前』を引き合いに出すことがよくあります。

幹細胞を使う研究*脚注2)を禁じ、プランBピル(セックスをした後に妊娠を防ぐために飲むピル)を処方箋なしでは買えないようにし、エイズを祈りで治そうとする宗教団体に連邦政府の予算が与えられ、グランド・キャニオンは神が創造したという本を国立公園の売店に配布し、公立学校の科学の授業で天地創造説を教えています*脚注3)。そして、キリスト教の権威を少しでも傷つけるような本を学校で発禁処分にし、カトリック神父による少年への性的虐待が暴露され、匿名の通報で反ブッシュというレッテルを貼られた人はすぐさまFBIに逮捕されている*脚注4)今のアメリカは、確かにヨーロッパの暗黒時代に似ていますよね。

様々な視点からの鑑賞が可能で、キリスト教史の勉強にもなるこの作品、見ていない人はもちろん、既に見た人も是非とももう一度お楽しみください!

脚注
*1.フランシスコ修道会
カトリック教会の修道会の一つ。莫大な権力と富を保持していたカトリック教会に対し、フランシスコ修道会は、世俗的な富を否定している。人々から食べ物を施してもらっていたため、托鉢修道会とも呼ばれる。

*2.幹細胞研究
例えば、胃の細胞から肺の細胞を作るといった、別の機能を持つ細胞になることができる特種な細胞のことを幹細胞という。この研究の成果によって、臓器移植医療の可能性が広がる反面、幹細胞を得るためには、授精した胚が必要なため、受精した胚を胎児とみなす人々は倫理上の問題があると主張している。2004年のアメリカ大統領選の争点のひとつにもなった。詳しくは過去のコラム「アメリカ大統領選2〜swing statesとwedge issue」を参照。

*3.
アメリカの公立学校の科学の授業で、どのようにダーウィンの進化論と天地創造説が教えられているかは、過去のコラム「原理主義キリスト教1〜天地創造説」を参照。

*4.
詳しくは過去のコラム「警察国家と化したアメリカ」参照。

関連サイト
DVD『薔薇の名前(原題:The Name of the Rose)』

小説『薔薇の名前』 全世界でベストセラーになった。
 
  DVD『薔薇の名前(原題:The Name of the Rose)』   小説『薔薇の名前』  
 

ボキャブラリー
heretic:異端者、異教徒
slaughter:虐殺
peasant:農民、小作人
bishop:司教
priest:司祭、聖職者

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