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パブのある生活
北の島国で育まれた独自の施設
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| 奥の仕切りの向こう河は禁煙のファミリー席。子どもが外で遊んでいる間、3人のお母さんがおしゃべりに興じている。 |
やれやれ、今日もいろいろあった。やってらんないよなあ......。ぶつぶつ言いながらハンドルを握っていた僕は、気がつくとここに来ていた。いつもの湖畔のパブ。家に一度帰って食事をしてから来る事が多いが、こんな日はとりあえず飲むしかない。店の外で飲みたい気分だから、寒いのを我慢して庭のデッキに陣取る。一杯目はこれと決めている軽めのエールをすすっていると、二つ向こうの席に座っていたエリックが僕に気づく。
僕は機関銃の様に今日の出来事を話し、エリックはそれに必要最低限相づちを打つ。彼も自分の職場の給料が低いという不満を僕にぶちまける。彼からこれは何度も聞いていた。
変わりばんこにお替わりを運びあい、温いエールがどんどん二人の胃の中に流し込まれていく。
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| 広い庭に大きな滑り台やブランコなどがあり、子どもたちは大人が飲んでいる間、ここで遊ぶ。 |
暗いトーンだった話は、いつしかバカ話と甲高い笑い声に変わっていった。
トイレに立ち、流すべきものを流すと、今日の出来事もそれと一緒に流れ、僕たちは明日の朝をなんとか迎えられそうな気分になっていった。
「次に会うときまで、お互い生きてようぜ」
そう言い合って、僕たちはそれぞれの家に向かった。
これは僕が英国で何度も経験したことだ。「パブ」は、ただの大衆居酒屋ではあるが、それ以上のものがある。英国人やアイルランド人に、パブとは何かと聞くと、十人十色の答えが返ってくる。
地域社会に見て取れる「パブリック・ハウス」の名残り
英国では、十一世紀頃から旅人の宿屋「イン」、食事の場「タヴァン」、エールを飲ませる「エールハウス」なるものが、それぞれ別々の形で、ときには融合しながら発展した。十八世紀には公民館(パブリックハゥス)として、結婚式などの集まりはもちろん、闘鶏、観劇といったイベントに使われたり、政治活動の拠点となった。
一方、アイルランドでは各家庭でのビール醸造が盛んで(これは英国でも同じだが)、やがて、よいビールを造る家にライセンスを与え、販売を許可したのが、パブの発祥の一つと言われている。ビールづくりの名人のおかみは「エールワイフ」と言われた。その一方で、英国のように旅人・商人のための宿屋からパブヘと発展した形、雑貨屋がビールを給するようになった形もある。
英国とアイルランドは、支配、併合などの歴史を繰り返してきたから、パブの形態も相互の影響を少なからず受けている。たとえばダブリンにはヴィクトリア調のパブが目立つ。
ほかのヨーロッパ諸国では発展しなかったパブという独特の施設が、なぜこの二国でのみ現れたのか。風土が似ていて、他国に支配されてきた歴史を持ち(英国だって、かつてはローマ人に支配された)、島国ということに何か関係がありそうだ。大国に対抗するためには、一致団結する場が必要だったということなのかも知れない。
英国の黄金時代すなわち十九世紀のヴィクトリア女王の時代になると、パブの社会的機能は次第に消失していく。身分の細分化に伴い、上流階級の社交場としてのクラブ、ホテル、レストラン、カフェなどがそれぞれ独自の形で発展したために、パブは単に「居酒屋」の機能だけを持つようになっていった。
では、完全にただの「居酒屋」になってしまったのか。そんなことはない。住民にとっても、地域にとっても、パブは今でも生命線だ。英国では、三人に二人が習慣的にパブに行き、三人に一人が少なくとも週に一度は行く。行きつけは自宅近くに一軒、職場の近くに一軒、隠れ家(愛人宅近く?)として三軒くらいあるのが普通である。リタイアした人は、自宅より長い時間をパブで過ごすこともある。
これは英国やアイルランド映画を見ても、なるほどとうなずける。事件や会話の舞台はパブばかりだ。「ブラス!」ではユアン・マクレガー扮する若者が、パブのビリヤードで賭けるものがなくなって、自分の楽器をそっと台に置くし、「ローカル・ヒーロー」の舞台のパブでは、テキサスから派遣された男が金をくずしてくれと頼むと、バーマンがほかの客たちから小銭を集めてくれる。パブが出てこない作品を探すほうが大変なくらいだ。
英国・アイルランドに旅行して、地方のパブでB&Bを紹介してもらった、タクシーを手配してもらった、などパブリカンに親切にしてもらった経験を持つ人も多いだろう。それというのも、パブにはそういった地域情報が集まり、人々の生活の中心になっているからこそなのだ。
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| 教会とパブは村の中心。室外や室内に公共掲示板がある。 |
特に田舎では、本来の公民館の役割を担っているパブが少なくない。パブリカンがスポーツチームを主宰していたり、情報交換の掲示板があったり、市民がいろいろに使える多機能室がある。それだけでなく、英国ではパブで催されるさまざまなイベントを通して、総額年間六千万ポンド(約百億円)が赤十字などのチャリティーに寄付されている。
このように、田舎のパブに行けば、今もパブリック・ハゥスとしての原型が見て取れる。
地域社会への影響が強すぎるとして、パブの廃業に行政からストップがかかったというようなこともある。経済効果を期待して、住民の共同出資で地元にパブをつくろうという動きがあったりもする。
最近の英国のあるパブチェーン店の調査では地域社会の中心を「パブ」と考える人が「教会」の二倍に達し、英国国教会が「教会はパブと競争関係にない」という声明を出す事態になったとか。
白井哲也『パブは愉しい』より
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