 |
スポーツの英語【テニス編】
Talk about sport in English : Tennis
|
| Page 1/2/3 |
 |
ウィンブルドンを舞台にした映画!
Tennis movie: Wimbledon |
 |
 |
| 主演のキルスティン・ダンスト |
テニスを題材にした映画というのはあまり見かけないが、その名も『ウィンブルドン』というタイトルの映画があります。この映画は、ワイルドカードでウィンブルドンに出場した英国人選手(ポール・ベタニー)と、米国人女子選手(キルスティン・ダンスト)の恋を描くロマンチックコメディー。
ウィンブルドンの熱も冷めやらぬ中、まだ観ていない人はDVDをぜひチェックしてみて!
『ウィンブルドン』DVDお求めの方はコチラ
 |
グランドスラムを楽しむための基礎知識
Some essential Information for enjoying Grand Slam tennis: |
 |
数ある国内外の大小様々なテニス大会の頂点、最も世界の注目を集める、プロ中のプロが集まる4大大会、通称グランドスラム。真夏の全豪オープンに始まり、初夏の全仏オープン、続くウィンブルドン、そして夏の終わりのニューヨークで行われる全米オープン。
それぞれの大会について、その特徴や歴史的背景などが大きく違うので、そんな予備知識を持って観戦すると、ひと味違った楽しみ方ができそうだ。
〜全豪オープン Australian
Open〜 |
開催地:オーストラリア・メルボルン
コート:ハードコート
毎年1月、夏真っ盛りのオーストラリアで行われる、南半球唯一のグランドスラム。だが、1905年に大会の前身となる、オーストラレーシア選手権がスタートして以来、実に1980年代後半までは、参加選手のほとんどが地元オージーのプレーヤーが占めていたという珍しいグランドスラム。というのも、オーストラリアの国際大会は地理的な理由から、欧米や南米の選手にとっては遠征が大変なのだ。しかも、1985年までは12月に開催されていたため、選手にとってはコンディションの管理と、キリスト教圏の選手にとっては貴重なクリスマス休暇を返上しなければならないという、二つの大きな問題があったのだ。
しかし1988年に大会の会場がメルボルンのフリンダーズ・パーク(現名称:メルボルン・パーク)に移転されて以来、この大会の様相は変わり始めた。グランドスラム大会唯一の開閉式屋根つきコート“ロッド・レーバー・アリーナ”は近代的な全豪オープンテニスの象徴となった。現在では真夏の熱気と独特の開放感が魅力となり、冬のオフシーズンを持て余す北半球と、そして世界中のテニスファンにより、毎年最初のグランドスラム大会として愛されるようになっている。
すでに終了した今年の大会では、男子ロジェ・フェデレ(スイス)、女子はジュスティーヌ・エナン アルデンヌ(ベルギー)がそれぞれ優勝を飾った。
〜全仏オープン French
Open (Roland Garros)〜 |
開催地:フランス・パリ
コート:アンツーカー(レッドクレー)コート
このグランドスラムは、初夏のパリ郊外にあるブローニュの森近くのローラン・ギャロスで開催される。今となっては華やかなテニスの祭典として知られる全仏も、その黎明期はフランス国内選手のみにしか参加が許されない、極めて閉鎖的でローカルな“フレンチ選手権”だった。
しかし、1920年代に入ってその閉ざされた扉を開けたのが、 “四銃士”と呼ばれた伝説的フランス人プレーヤーたちだった。ジャック・ブリュノン(Jacques Brugnon) 、ジャン・ボロトラ(Jean Borotra)、アンリ・コシェ(Henri Cochet)、ルネ・ラコステ(Rene Lacoste)の4選手で、結果的に最後の“国内大会”となった1924年のフレンチ選手権は、彼らによってベスト4の座が占められていたのだが、フランス・テニス連盟は国内最大の大会を四銃士にふさわしい大会とすべく、ついにその門戸を海外のトッププレイヤーにも開き、大会を新たに“フレンチ国際”としたのである。彼らの活躍はそれ以降も留まらず、1927年にはデビス杯において、四銃士が見事地元アメリカ代表を打ち破り、世界一の座を勝ち取ったのだ。
翌年、フランス開催の再戦話が持ち上がったのだが、当時のフレンチ国際の会場はデビス杯の開催地として十分な機能を持たず、結果としてパリ郊外に新たな会場が建設されることとなった。その場所が、“ローラン・ギャロス”なのだ。ちなみに名前の由来は、会場に必要な土地を譲渡したフランスの名門テニスクラブ、スタッド・フランセ・クラブの元会員であり、世界ではじめて地中海を渡った冒険飛行家“ローラン・ギャロス”の名を冠したものだそうだ。
〜ウィンブルドン Wimbledon〜 |
開催地:イギリス・ウィンブルドン
コート:グラスコート
グランドスラムトーナメントの中で最も古い歴史を持つ大会で、ロンドン郊外のオール・イングランド・ローン・テニス・アンド・クロケット・クラブで開催されるン。第1回が開催されたのは、1877年(明治10年)で、日本では西南の役があった年。
当時の種目は男子シングルスのみで、出場選手は22人。初代チャンピオンとなったのは、クロケット(芝生の上でする球技。木槌で木製ボールを打ち、6つの鉄の門hoopsをくぐらせる。1850年にイングランドで考案された)の愛好家で、テニスを単調なスポーツでつまらないと言っていたスペンサー・ゴアだった。その7年後に女子種目もスタートし、1921年までは現在の形態とは違い、予選を勝ち抜いた選手一人が前年度チャンピオンに挑戦するという“チャレンジラウンド制”で行われていた。
また、日本人で最初にウィンブルドンのタイトルを手にしたのは、1934年にミックスダブルスでイギリスのドロシー・ラウンドと組んだ三木龍喜選手。その後1975年には、沢松(現・吉田)和子がアメリカのアン清村とのペアで女子ダブルスのタイトルを獲得。最近では1995年の松岡修造のベスト8、1996年の伊達公子のベスト4の記録が記憶に新しい。
〜全米オープン U.S
Open〜 |
開催地:アメリカ・ニューヨーク
コート:ハードコート
他の3つのグランドスラムに比べると緑に囲まれた環境からはほど遠い、都会の喧噪の中で行われる、現在世界最大のテニス・イベントとして世界中に知られている全米オープンテニス。しかし、1881年にアメリカ国内選手権として発足して以来、むしろ大会は上流階級向きの、言わば閉ざされた大会であった。だが、1978年に会場が現在のニューヨーク郊外のフラッシング・メドウに移されてから、現在のエンターテイメント性が盛り込まれるようになった。
というのも、1968年からスタートした全米オープンテニスの会場だったニューヨーク・クイーンズ地区のウェストサイド・テニスクラブは由緒あるクラブで、上級階級の会員にしか開放されていない閉鎖的なプライベート空間だったのだ。それ以上に、ウェストサイド・テニスクラブは年々増加する全米オープンテニスの観客を収容し切れなくなっており、新しい会場の確保が急務だった。
そこで1977年、当時アメリカ・テニス協会の会長であったヘスターは、1939年と1964年に開かれた世界博覧会の跡地で荒れ放題だったフラッシング・メドウの地に1年半で近代的な会場を建設したのだ。さらに1997年には2万3000席以上の客席を誇る世界最大のテニス・スタジアム、“アーサー・アッシュ・スタジアム”がオープン、翌年には会場そのものが大幅に増築された。巨大なビデオ・スクリーン、バーやレストラン、そして広大なプラザではバンド演奏があり、観客たちをもてなすようになった。
グランドスラムって何?
1923年、ILTF(現ITF=国際テニス連盟)が全英、全米、全仏、全豪の選手権大会を、毎年の4大イベントと決めたのがグランドスラムの始まり。だが、「グランドスラム」という言葉がテニス界で定着したのは、1938年、この4大大会を制覇したアメリカのドン・バッジ選手が自分の成績を「グランドスラム」と呼んでからのこと。(「グランドスラム」は、トランプの“ブリッジ”というゲームの用語で、カードを全部手に入れたときに使う言葉)。
そして、「グランドスラム」と言っても以下のように3種類ある。
| 1: |
「4大大会を連続して制す」
例えば「全英(6月〜7月)→全米(8月〜9月)→全豪(1月)→全仏(5月〜6月)」のように、年度が変わっても連続して制すればOK。 |
| 2: |
「年間グランドスラム」
1年間で、全豪→全仏→全英→全米と、全てを制すること。 |
| 3: |
「生涯グランドスラム」
年度を問わず生涯で4大会全てを制することで、最も達成しやすい。 |
 |
テレビ観戦じゃ物足りない!
Let's watch the real game on the court! |
 |
いざ、会場へ!
テニス愛好家ならずとも、テレビ観戦だけでは何となく物足りない、と感じるのがスポーツというもの。気楽に自分や家族、仲間と自宅で盛り上げるのも良いけれど、会場の雰囲気を味わいながら、目の前で一流選手の試合を見てみたい、と思うのが当然と言えば当然だ。
しかし、どんなスポーツにせよ、世界大会ともなるとチケットの入手はかなり困難を極める。しかも、高い。それでも、何とかしてチケットを入手したいと思うなら、選手たちがプレーに懸ける情熱と勝利への執念に負けないくらいの勢いで、チケット入手に挑んでみてはいかがだろうか。
ウィンブルドンチケット入手への道
例えば、グランドスラム大会でチケットの入手が最も難しいのがウィンブルドンだと言われている。いや、他のいかなるスポーツイベントにおいても、サッカーワールドカップとテニスのウィンブルドンだけは、なかなかチケットが手に入らないとか。
このウィンブルドンのチケットの分配ルートは4つある。英国ローンテニス協会(LTA)会員への抽選、前日から並んで買う当日券、協会関係者・スポンサーなどへの招待チケット、そしてウィンブルドンの株主への招待チケットだ。
手っ取り早いのは、ウィンブルドンのオフィシャルサイトから、正式に認定されたチケット販売会社やパッケージツアーを企画している会社なども掲載されているので、そうした会社のサイトでオンライン予約をすることだろう。その他のグランドスラムなども、最近はネットを通じた販売が主流のようで、それぞれの大会公式HPでチケット販売を行っている。
ウィンブルドン・オフィシャルサイト
http://www.wimbledon.org/en_GB/index.html
チケットのオンライン予約(ウィンブルドンから正式に認められている企業)
海外(日本を含む)からのパッケージツアー
その他のオンライン予約
全米オープン公式サイト
US OPEN TENNIS
http://www.usopen.org/
全豪オープン公式サイト
AUSTRALIAN OPEN TENNIS
http://www.ausopen.org/
全仏オープン公式サイト
FRENCH OPEN (ROLAND GARROS)
http://www.rolandgarros.com/
使ってみよう! 英会話フレーズ |
| A: |
Do you think we can get tickets to the Wimbledon?
「ウィンブルドンのチケット、手に入るかな?」 |
| B: |
They are difficult tickets to get hold of. Let me see if
we can book the tickets online.
「いつも入手困難だからな。とにかくオンラインで予約できるか調べてみよう。」 |
| A: |
Can I have two tickets to the Men's Final for Wimbledon,
please?
「(電話で)ウィンブルドンの男子ファイナルのチケットを2枚ください。」 |
| B: |
I'm so sorry but we only have one ticket left for that game.
「あいにく1枚しか残っていませんが…。」 |
| A: |
There is nothing else we can do. Should we try to buy the
tickets from a ticket tout?
「仕方ないなぁ。ダフ屋から買おうか?」 |
| B: |
I don't really want to do that. Maybe we can see what they
have available and negotiate the price.
「それはしたくないけど…。値段交渉だけでもしてみよう。」 |
|
|
|
|
 |

|