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 ミステリー翻訳の現場から

編集者が語るベストセラーの裏話、そして翻訳家に求めるものは・・・

取材・文/佐々木真理

  image   通称"このミス"、『このミステリーがすごい』が話題になり、書店には新刊の海外ミステリーがずらりと並ぶ。翻訳の中でも「ミステリーがやりたい」と専門学校の門をたたく人は多いと聞く。プロへの道はどのように切り拓けばいいのか。あの名作の翻訳者とはどんな人なのか。・・・今週は、さまざまな角度から翻訳の現場に迫る。


  発売と同時にベストセラーになったトマス・ハリスの『ハンニバル』。読んだ人にとって衝撃的なその作品の記憶はまだ新しいはずだ。'99年3月に完成したこの話題作の刊行までのいきさつを担当編集者・若井孝太さんが語る。また特集の締めくくりにふさわしいテーマとして、ベテラン編集者が切望するミステリー翻訳者の資質について答えてもらった。

『羊たちの沈黙』の続編『ハンニバル』は今年の4月に発売間もなく130万部以上のベストセラーとなった。前作から10年以上の年月を経て刊行されたトマス・ハリスの話題作の編集者である若井孝太さんはそのいきさつを次のように語る。「'99年の3月に突然トマス・ハリスから『できたよ』という連絡がアメリカの出版社に入ったんです」。

何年も前から世界各国で刊行の契約が交わされており、日本では新潮社が版権を獲得していた。翻訳者はミステリーの他に『ヘミングウェイ全短編』の翻訳で著名な高見浩さん。高見さんは'99年6月に第2部の舞台となるフィレンツェに旅行し、記憶が鮮明なうちに7月からすぐに第2部の翻訳にとりかかり、12月に訳了。それからは訳者と編集者の二人で翻訳のゲラと原書を読み比べ、再び翻訳に手を入れて2000年4月12日に刊行。この流れを振り返りながら、若井さんは原作の最初の感想を次のように語る。

「『ハンニバル』の英文原稿を読み終わったのが'99年の5月です。そのときの感想を一言で言えば『やってもうた』です。すごい衝撃でした」。

編集者は最初の読者でもある。すでに作品を読んでいる人の大部分は若井さんの感想に頷くだろう。読んでいない人で『羊たちの沈黙』の内容を知っている人には前作同様のサイコ・サスペンスにとどまっていないこと、レクター博士のトラウマが突出した形で描かれているとしか紹介できない。特に結末はこれから読む人のために控えた方がいいだろう。

「大ブレイクした『羊たちの沈黙』の後にトマス・ハリスは何を書くのか。世界中のファンが注目していたことをハリスは知っていたでしょう。『ハンニバル』は前作と比較できないレベルの作品です。著者のいろいろな仕掛けが作品にちりばめられていて油断できない。知的探求心を大いに刺激しますね」。

刊行後は結末をめぐって賛否両論が識者やファンなどの間で熱く語られ、一つの社会現象にさえなった。

映画公開はアメリカで2001年2月の予定。監督はリドリー・スコット。映画化後も再び結末をめぐる論議が交わされそうな気配だ。

ミステリー本の編集にこれまで10年以上も関わり、30人以上の翻訳者と仕事をしてきたという若井さん。ベテラン編集者から見た翻訳者としての資質とは何だろう。

「まず第一に翻訳者の作品に対するこだわりの姿勢があるかどうかです。翻訳は一人で行なう孤独な作業で挫折もあると思います。そのことも考慮して厳密な締め切りを設定していませんが、調べることは徹底的に調べてほしい。そこには当然フリーランスとしてのプライドがあるはずです。さらに編集者と一緒に作っていくという気持ちも忘れないでいることですね」



若井孝太プロフィール

新潮文庫編集部次長。ケーブルTVの英語番組のディレクターを経て平凡社、新潮社で編集者として活躍。手がけた作家はフリーマントル、フォレットなど。デイモン・ゴーズの『敵中漂流』(佐々田雅子・訳)は7月末に刊行。


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