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city of sails として知られる
オークランドの港
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カカポに出会って3年目の1993年、私は29歳にしてバックパッカーになった。この鳥とニュージーランドの自然についてもっと学び、保護に関わる人たちのことを取材して本にまとめたいと考えたのだ。
幸い、ニュージーランドにはワーキングホリデー制度があり、30歳未満であれば1年間の条件付ワークビザが与えられる。ギリギリだ。私は旅の準備をしながら、年齢的にもこれが最後の大冒険になるだろう、と思っていた。ところが、この冒険はいつまでも終わらなかったのだ。
ニュージーランドについた翌朝のことは、今でもよく覚えている。知人の紹介でホームステイすることになったウェリントンの家で、起きぬけにカーテンを開けると、目の前に360度広がる大きな空が、真っ赤に染まっていた。その壮大さに圧倒され、汚れのない新鮮な空気を吸い込みながら、私は、
「ああ、これから生涯でいちばん素晴らしい1年を過ごすことになるんだな」
と感じていた。異国の地に足を下ろした者は、このような気持ちになるものだろうか。自由を得たという解放感とこれから何があるのか分からない緊張感が、心中を交叉していた。
ニュージーランド生活は、仕事探しからはじまった。半年ほどはアルバイトをしてお金を節約するつもりだったのだ。ところが、仕事がない。ウェリントンばかりでなく、南島の観光地クィーンズタウンやクライストチャーチも訪ねたが、どこにも空きがないのである。これは、観光のオフシーズンだったためで、当てにしていた冬本番のスキー場も、すでに3月頃からワーキングホリデーのライバルたちがしっかりと職場を確保していた。甘かった。
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カフェでくつろぐ人々
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諦め半分で今度はオークランドに渡り、繁華街を歩いていたら、『日本人ウェイトレス募集』の貼り紙があった。さっそく書いてあった和食レストランの電話番号を回してみると、翌日面接、すぐ採用となった。
「大きい町には仕事があるんだ」
東京に生まれ育った私には、選びさえしなければ「仕事がない」などという状況は考えられなかったため、この事実は驚きだった。
ニュージーランドは失業率が7パーセントを超え、特に大学新卒者の職がない。借金をして大学や大学院を卒業したものの、overqualified
(資格過剰)のためかえって採用されない若者が溢れており、自殺者が多いことも知られている。そんな中で、なんとか仕事にありつけた私は運が良かったと言えよう。ウェリントンに戻って、ホームステイ先のお母さんに報告をすると、こう言われたのを覚えている。
「あなたの周りにエンジェルがいて、助けてくれたのね」
お薦めサイト
・NZ.COM
http://www.nz.com/guide/
ニュージーランドの全てが網羅されたサイト。留学や移住を考えている人から、観光、文化に興味にある人まで、役に立つ情報が満載。
カカポ基金
内田さんは日本からニュージーランド環境省のカカポプロジェクトを応援する非営利団体『カカポ基金』を主催しています。年会費3000円、会員の方には年3回会報が届きます。また、ポストカード5枚1000円も販売中。会員でなくても購入できます。
振込先は:カカポ基金 00190-4-148529 エイゴタウンで見た、と一言お添えください。
詳しいお問い合わせは:PXI12631@nifty.ne.jp
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内田泉さんプロフィール
慶応義塾大学文学部哲学科卒。FMラジオ番組ディレクター、編集ライターを経て、1991年からフリ−ランスでライター、翻訳、音声取材編集などさまざまな分野の仕事に携わる。1993年ニュージーランドヘ渡り自然環境をテーマにしたTV番組制作に従事。自分で嬉しいと思うこと:世界中に沢山友達がいること。自分で悲しいと思うこと:世界中に散らばっている友達と、いつも一緒にはいれないこと。
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『カカポ 月のこども』
うちだいずみ作・さじちあき画(ハート出版刊 1,500円)
月はずっと見ていた―――。 美しいイラストで、次第に生存を脅かされていくカカポのおはなしを描いた絵本。
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