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大学教授・翻訳家 柴田元幸さん
Professor, Translator: Motoyuki Shibata

Ryota Mitsunaga
©きたむらさとし

翻訳で大事なのは、「愛情」「日本語力」より、「真の語学力」ですね。

東大文学部の教授であり、ポール・オースターやリチャード・パワーズなどのアメリカ文学作品の翻訳者でもある柴田元幸さん。

英語との出会い、イギリス放浪時代、翻訳者にとって大切なこと、柴田流・留学の極意など、英語学習者、翻訳者を目指す人必読! のインタビュー。


初めて「英語」を意識したのはいつですか?
中学1年で英語を勉強し始める前に、小学校6年生くらいからアメリカやイギリスのポップスを聴いていました。当時はFEN*というラジオ放送を聴いていて、1日中DJのしゃべりも英語、かかっている音楽も英語だったので、唯一それが、本物の英語が耳に入ってくるチャンスでした。
もちろん、学校でも先生が英語を教えてくれる訳ですが、「この英語はウソものだ」とわかりました(笑)。

ずっと聴いていたからといって、FENの英語が全部分かったということでは全然なかったのですが、受験英語というのは多分「ウソ」なんだろうな、っていうのはありました。

あと、機械好きな父親が、タイプライターを買ったんです。でも、実際使ったのは僕の方で、好きな英語の歌の歌詞をタイプしたりと英語に親しむのにはものすごく役に立ったと思います。

*FEN:Far East Networkの略。極東にいる米軍のための英語放送のこと。現在は名称が変わり、AFN (American Forces Network)と呼ばれている。


その後もずっと英語は得意だったんですか?
そうですね。僕は、まあ割と勉強は得意だったんです(笑)。体育とか、図画工作は苦手でしたけど、紙と鉛筆で済むものは得意で、その中でも英語は特に好きでした。

高校は、都立日比谷高校というところで、良い英語の先生がたくさんいました。でも、FENで英語を聞いたりはしてましたが、英語の能力の歪み方は、典型的な日本の受験生のものでしたね。
高校生のとき、電車の中でアメリカ人の旅行者が芸者さんか何かの写真を見て、「Is this a picture?」と尋ねてきたんです。
「これは絵なのか、写真なのか」と尋ねられているのはわかるんですが、どう答えていいかわからず、凍りつくという感じ。その程度でした。

今の学生の方が、そういう場面に出くわしても、よっぽど凍り付かなくなっていると思います。日本語でも同じで、今の学生は論文の面接のときも、何でもいいからとにかく何か答えますね。それがいいことかどうかわからないですけど。

とにかく、基本的には、ある程度は読める、ちょっと書ける、でも全然話せない、という典型的な日本人英語でした。


大学に入られてから、1年休学してイギリスへ行かれたそうですが、きっかけは?
大学に入ると、帰国子女など英語を話せる人たちが周りにゴロゴロいて、「これじゃだめだ」と思ったんです。で、1年休んで、イギリスでも行けば、少しは話せるようになるかな、と。アメリカでも良かったんですけど、アメリカはふらっと行くには怖そうだったんで(笑)。『Hitchhiker's Guide to Europe』という本が当時すごく読まれていて、「この通りに行けば何とかなるかな」と、バイトをしてお金を貯め、1年間イギリスに滞在しました。

一番勉強になったのは、最初の3カ月ですね。日本人なんか見たことない、という田舎を旅行してると、ずっと英語だったので。3カ月旅行した後は、ロンドンのホテルで皿洗いのバイトしてたんですが、周りが外国人ばかりで、あまり英語の勉強にはならなかったですね。例えば日本語訛りの英語と、イタリア語訛りの英語で話す、といった感じでした。

語学学校は、ビザのためにどうしても行かなくてはいけなかったんですが、安く済ませるために、語学学校の先生養成学校に行っていました。見習いの先生の授業を、本当の先生が指導する、という学校です。いわば床屋のカットモデルみたいなものです(笑)。


英語での会話が困らなくなるのにどのくらいかかりましたか?
いつまでも困りますよ、今でも困ります。でも、3カ月くらい旅行してると、英語で考えられることしか考えなくなるんです。なので、言いたい量と言える量が釣り合いが取れるようになり、一見淀みがなくなるんです。でも簡単な「腹減った」とか、そんなことしか言わなくなる、ってことはありましたね。

日本人が英語でつっかえるのは、日本語で考えると、言いたいことはすごくたくさんあるんだけど、英語言える量はそれに比べてずっと少ない、とバランスが悪いからですよ。


イギリスでカルチャーショックありましたか?
初めての海外でしたが、全然ありませんでした。とても良い国だと思います、好きですね。イギリス文学やイギリス人を見ていると、「世の中ってのは、そんなにうまいくもんじゃない、うまくいかないのが当然なんだ」という諦念というか余裕があって、そこがいいですね。逆にアメリカは完全を追求する国ですが、その良さもあるし、鬱陶しさもあり。


成り行きで翻訳家に?!


帰国後は大学に戻られたんですよね?
本当はもう1年いたかったんですけどね。やっと英語もちょっとできるようになったし、もう1年いたらかなりできるようになると思ったんですけど。普通、1年目は、慣れることで終わっちゃって、2年目から飛躍的に伸びますしね。

でも、ちょうど3月に、母親が病気になり、手術するという知らせが来て、さらにイギリスが不景気で、外国人が一斉にホテルのバイトをクビになったんです。それまでそういう仕事は外国人がやっていたんですけど、不況だからイギリス人にもそういう仕事を回さなきゃならなくなったんです。

で、ちょうど4月から大学に戻れるし、ということで、帰国しました。今なら、すぐ行ったり来たりできますが、当時は航空券も高いですし、「帰る、帰らない」は大きい問題でしたね。


その後、翻訳家になろうと思ったきっかけは?
翻訳家になったのは成り行きです。今でも、税務署に申告するときの職業は「教師」で、翻訳家は副業です。

僕たちの世代は、モラトリアム世代、シラケ世代とも言うんですが、そんなにすぐに就職しても仕方ない、という風潮で、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫だったんです。景気も良かったですしね。当時、国立大学の授業料は年間3万円と安かったので、学生でいれば学割で元取れたんですよ(笑)。
1年休学、1年自主落第して、結局学部に6年いて、その後、試験だけで入れるし、ということで大学院に入りました。
大学院に入ったら、もう道は学者しかないという空気で、「じゃあ、それでやっていくか」と、そのままズルズル来てます。

でも、いざ学者になってみると落ちこぼれで、困ったなあと思っているうちに、人づてで翻訳の仕事とか、書評を書くようになったんです。そのうち、そっちの方が受けて。今でも、翻訳がメインにはなってないんですが、大学の仕事と同じくらい気合いが入ってますね。


では、特別に翻訳家になるための勉強をされた訳ではないんですね。
そうですね、翻訳の「勉強」はしたことはありません。モデルにしていたのは、藤本和子さんと村上春樹さん。藤本和子さんが訳したリチャード・ブローティガンという人の本を読んで、初めて翻訳本で文章自体が素晴らしいと思いました。今でも尊敬しています。

村上春樹さんの翻訳も、藤本さんの影響を受けているんです。村上さん本人も言っていますし、読めば一目瞭然です。

僕は人づてで村上さんの翻訳チェックの仕事をしていたんですが、ラッキーでしたね。村上さんは日本語が達者なのですが、受験英語とか文法がちょっと怪しいんですよね(笑)。そういうのをチェックする仕事をしてたんです。そのとき、じっくり彼の訳文を読んで、「ああ、こういうふうに訳せばいいんだ」と勉強していました。お金をもらって、翻訳の勉強をしていたようなものです。


最初に翻訳した本は?
初めにじっくり取り組んだのは、『デカルトからベイトソンへ』という哲学書です。これは何年もかけましたね。出版社も気が長かったんです。
でも単独訳で先に世に出たのは、『バトル・オブ・ブラジル』というもので、『未来世紀ブラジル』という映画のメイキングオブものです。
それが単独訳では最初ですが、その前にも、村上春樹さんと一緒にアンソロジーとかはあります。


でも、大学教授の傍ら、翻訳の仕事もこなすというのはかなりハードでは?
大学教授って一昔前は、暇な人は暇だったんです。だから何とかなりましたね。夏休みは大学のことを考えなくて良かったし。80年代の終わりくらいは週3日行けば良くて、そのための準備も1日。週3日は空く、という感じでした。

でも90年代初めから大学も「改革、改革」で。今は、雑用が増えて、指導する学生も増え、勉強会や論文指導もありますし、学期中はほとんど翻訳はできない。教師としての時間の合間を縫って翻訳、という感じですね。
そのぶん昔より早くなったから、極端にアウトプットは落ちないで済んでいますが、でもやっぱり前の方が多くできました。


翻訳したいと思うのはどんなものですか?
訳したいもの、好きなものの傾向は、リアリズム小説ではないですね。移民社会の辛い現状のような、現実をそのまま写し取った小説のようなものには、惹かれないですね。僕が訳す作家は、みんな壊れてる人、頭の中で変なことが起きていて、それを小説にするような人。そういうのに興味があります。

僕はアメリカ文学の動向や全体像を日本に伝えようという気はまったくないんですよ。
忠誠を寄せるのはあくまで作品ですね。本当は、良い作家でも、この本はだめだと思ったらすっとばすべき。でもその辺はなかなか難しいんですよ。
やっぱり何冊も同じ作家のものを訳していると、その作家に会って個人的なつきあいも出てくるから、「お前、次のやらないの?」と言われて「いや、ちょっとあれはつまんないから…」とは言いづらいですよね(笑)。

今までのところは幸い、僕がつきあってる作家の作品で「これはちょっとな…」というのが一作もないんです。パワーダウンしたな、というのはありますが、持ち返しますし、「これだけはどうしても翻訳できない」というのはないですね。



翻訳家にとって一番大切なものは何だと思いますか?
そこは難しいですね…。答えは毎日ころころ変わるんですけど、やっぱり「語学力」ですね、一番平凡なところに落ち着きましたが。昔は「愛情」だと思っていましたが、語学力がなければ「ウソの愛情」ですね。

語学力というのは、「正しく聞こえるかどうか」ということです。くだけた言い方とか、改まった言い方とか、普通の言い方、普通じゃない言い方を見分けられる力ですね。

例えば「I tell you.」は「だからさあ」というニュアンスなのに、「申し上げますが」と訳しちゃダメなんですよ。英語が「聞こえてない」んですよね。

そういうセンスを身につけるには、できるだけ量を読んで、1カ月でいいから、英語圏に暮らした方がいいですね。「こういう時にはこう言うのか」という感覚が、少しでも暮らせば違ってくると思うんです。

日本にいても、映画が好きなら、「こういう言い方は、ああいう顔していうのか」という、「表情を聞く力」というか。後はたくさん読み、いかに愛情を持って表現するかですね。

よく「翻訳は日本語力ですね」という人がいますが、やはり「語学力」が大事だと思います。


翻訳本で、「いかにも直訳のような、翻訳しました感」があって、読みづらいものがありますよね。
それは、みんな「日本語力がないから」と思いがちですが、それもありますが、英語が聞こえてないからだと思います。「原文がこういうノリだから、日本語にするとこうなるよね」という、その「原文のノリ」がわかってないから、とりあえず文法構造のみで訳してるんじゃないですかね。
語学的、文法的に訳しちゃってるので、例えば「ここは、このおじさんがくたびれた感じで言ってる言葉」というふうに聞こえていないんだと思います。

語学力って、語学的な問題について考えなくていい力のことだと思うんです。「この関係代名詞がここに係って…」と考えているうちは、英語を聞くのは大変ですよね。お金持ちは、お金のことをあんまり心配しなくてもいいのと似てるかもしれないですね(笑)。


目的意識なんかもたなくていいから、留学したければした方がいい。


アメリカの大学にも留学されたそうですね。
30才になってから、大学に職を得たと同時に、留学試験に合格したんです。で、就職が決まってすぐに休みをもらって留学した感じです。イエール大学に行きました。

結婚していたので、妻と一緒で、家では日本語ですし、英語力についてはあまり伸びませんでしたね。やはり英語力のためなら行くなら、日本人が少ない場所に、独身のときに行くのが一番でしょう(笑)。


昔と今の学生の留学に対する意識の違いは?
ハッキリ違います。今の学生の方が求められるものが高くなってる。昔は、留学っていうのは1年間辛い思いしてきてご苦労さん、で済んだんです。でも、今は単にそれだけじゃだめで、何年かいて博士号を取得してくるとか、学位を取ってこないと意味がない。

僕らの頃はみんな英語ができないんだし、英文学に限れば、英語を操って色々考えるわけだから、現地では劣等生で当然というか。でも今は、例えばアメリカに留学したらアメリカ人と対等に渡り合っていかなきゃいけない。そういう意味では、学生も進化しているのかな、と思います。


『9 interviews』では、ポール・オースターやリチャード・パワーズ、カズオ・イシグロなどの作家にインタビューされていますよね。今まで会った作家の中で一番印象に残っているのは誰ですか?
リチャード・パワーズの頭の良さはすごいですね。で、頭の良さが冷たさにつながらないというのがすごい。

僕は、彼のデビュー作(『舞踏会へ向かう三人の農夫』)を訳したんですけど、「一カ所間違いがあったんですよ、音速の計算で…」と言うと「それは君がkmとマイルを間違えてるんだよ」と。まず、すぐ僕が何を勘違いしてるかをわかるところがすごいし、また僕が間違えたことに対して怒るとか、不愉快だと言う感じではなく、自然に諭せるのがすごい。「すみません」、と言ったら、「それだけ細かいところまで考えてくれている証拠だから、ありがたいよ」と言ってくれました。外交辞令ではなく、そういうふうに言えるところがすごいですね。


ブックスタンドでも紹介している『五行でわかる日本文学 英日狂演滑稽五行詩(リメリック)』ですが、リメリックというものを知らない人にもすごく楽しめる作品になっていると思います。訳している際に大変だったことはありますか?

あれは、思いつかないとまったく思いつかないんですよね。「あいつの名前、何だっけな」と思うとき、いくら理屈で考えてもだめですよね。でも思い出すときは、ぱっと思い出す、そんな感じです。
まず、どうしても使いたい言葉を日本語で決めるんです。井上ひさしさんの場合は、「ひさし」と「くさし」を組み合わせて使おう、とか。井上ひさしさんには申し訳ないですけど、それでいくと面白そう、と(笑)。で、それ以外の訳をどうすればいいかな、とパズル的にあてはめていくんです。
一番気に入っているのは吉田兼好ですね。

His musings are short, deep and strong
With the rhythm of elegant song
"Everything's fleeting
I wish I had heating
If I did, I could write something long!"

つれづれなるまま 短く 深く
靱(つよ)きなかにも うたの品格
「定めなきこそ いみじけれ
誰か暖房 入れてけれ
そうすりゃわしも 長いのを書く!」


<五行でわかる日本文学 英日狂演滑稽五行詩(リメリック)より>



留学や海外に出たいけど、ちょっと迷っている人たちにアドバイスをお願いできますか。
たいていの人が「ただ漠然と留学したいというのはダメで、目的意識を持って行きなさい」と言うけど、あれはウソだから聞き流していい、というのが第一のアドバイスです。

何があるかわからないんですよ。「怖い」とか「迷う」っていうのはよく分かる。外国で暮らすってことがどういうことかなんて見当つかないですし。結構楽しいかも知れないし、辛いだけかもしれないし、だから、目的意識なんて持っても無駄。僕は、「漠然といきたい」で構わないと思う。むしろ、「キャリアアップのために留学経験もあった方がいいんじゃないか」と、本当は行きたくないのに、計算で行くならやめた方がいい。

留学に限らず、人生この先何があるかわからないんだから、選択に迷うんだったら、自分の欲求として何がやりたいのかで決めれば良いと思うんです。そうすれば、うまくいかなかったときも諦めがつく。「もう、とにかく行きたいんだな」と思ったら、何がやりたいかわからなくても行けばいいんです。「行った方がいい」と頭の中で思ってるけど、腹の中では「行きたくない」と思ったら行かなきゃいいんです。

今は、インターネットなどで、海外の色々な情報が仕入れられるから、行く前の情報収集は昔よりずっと楽ですけど、行ってみればまた違いますよ。でも、これだけ情報が仕入れられて、情報を仕入れるためにエネルギーを使えるというのは、ある意味不幸ですね。昔みたいに、何だかよくわかんないけど、とにかく行っちゃおう、という方が話が早かったですね。

©きたむらさとし
柴田元幸(しばたもとゆき)

東京大学文学部教授、英語英米文学専攻。1954年東京生まれ。著書に『アメリカ文学のレッスン』(講談社現代新書)、『愛の見切り発車』(新潮文庫)、『生半可版 英米小説演習』(研究社)、村上春樹との共著に『翻訳夜話』『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』(文春新書)などがある。主な訳書に『幽霊たち』『ムーン・パレス』『リヴァイアサン』(以上ポール・オースター著/新潮文庫)『舞踏会へ向かう三人の農夫』(リチャード・パワーズ著/みすず書房)、『シカゴ育ち』(スチュアート・ダイベック著/白水Uブックス)、主な編訳書に『夜の姉妹団』(朝日文庫)、『僕の恋、僕の傘』(角川書店)などがある。


『ジュリアス・クニップル、街を行く』
Julius Knipl, Real Estate Photographer:The beauty Supply District

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ベン・カッチャー 著 柴田元幸 訳(新書館/定価2,520円)

さあ、街を行こう、不動産撮影士ジュリアス・クニップルとともに――。
「電話ボックスの匂い、1961年ころ」をクニップルと一緒に嗅ごう。
「アメリカで一番長く借り手のつかない店舗」ガイドツアーに参加しよう。
「墓掘り選手権」観戦もよし、また今日も一日無駄にしたと思ったら、地元の「無駄にした青春センター」に立ち寄るもよし……。 クニップル氏の摩訶不思議な街へようこそ!

現代アメリカン・コミックスの最高傑作。

『ジュリアス・クニップル、街を行く』 を買う


『ジュリアス・クニップル、街を行く』の邦訳刊行を記念し、柴田元幸先生のトークショーが開催されます。

「柴田元幸とアメリカ漫画の幸福にして奇妙な遭遇」
日時:8月21日(土)午後6時半より
場所:ジュンク堂書店池袋本店

詳しくは↓
http://www.junkudo.co.jp/newevent/evtalk.html


「五行でわかる日本文学 英日狂演滑稽五行詩(リメリック)」
There was an Old Pond with a Frog and other literary limericks


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ロジャー・パルバース 著/柴田元幸 訳/喜多村紀 画(研究社/定価1,365円)

日本文学利目律句(リメリック)

愛ある冗談(たわごと)
敬意ある揶 揄(からかい)―― 
五行詩×25で
日本文学がすっかりわか(らなくな)る!
英/日 笑える詩の狂演

英(ロジャー・パルバース)日(柴田元幸)狂演滑稽五行詩!

→「五行でわかる日本文学 英日狂演滑稽五行詩(リメリック)」を買う

 

 
 

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