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英語のプロへの道 〜 インセンティブはお金!
ただの英語好きとプロとはレベルが違う。一流のレベルまで村松さんを精進させた原動力は、いったい何?
Q.英語が好きなだけでは、プロとして長くやっていけない部分もあると思うのですが、先生がその後プロとして大成された理由は、どんなところにあるんでしょうか?
A.まず、積極性ですよね。私はタイピストを始めてから半年もしないで幸い、通訳になれたんです。といっても黙ってしてくれたわけじゃなくて、私が申し出たからです。
機会をつかめ、というより、機会は自分で作るもんだ、ということだと思いますが、私は上司であるアメリカ人に立派な手紙を書きました。アメリカ陸軍の公文書の書式に従って、「下記の者は…」という書き出しの、「The
undersigned」で始まる文書です。「私のような前途有望な青年に通訳者としての潜在的資質を証明する機会を与えることは、米国の日本占領の利益にかなうものと信ずる」という意味の英文の手紙を、書き方を調べて書いて上司に出したんです。偉いでしょ? 19歳ですよ。
Q.その手紙を読んだ上司が通訳への道を開いて下さったんですよね?
A.私は「愚か者!」ってクビになるかと思ってたら、そのボスが手紙を読んで私を呼びました。「Muramatsu!」。そこで私が「Yes,
sir.」って答えますと、「So, you wanna be an interpreter?」、「通訳になりたいのか?」と聞きますので、「Yes,
sir!」って言ったら、「All right, you are an interpreter from tomorrow.」、「よし、明日から通訳をやれ」って。
Q.通訳としての訓練もすべて実地だったそうですが、ご苦労はありましたか?
A.先輩が通訳するのについて行って横で聞いててね、で、そういう時に「こりゃできない」と思ったらできないわけです。でも私は「自分にもできる」と思ったんです。「power
of positive thinking」ってやつですね。積極思考の力です。その先輩は、アメリカで生まれ育った日系米人で、戦前に日本に帰ってきてそのまま米国籍を失った人でした。きれいな発音の英語をしゃべる人でしたが、文法をよく勉強した私から見ると、しばしば文法的には間違いがある。「発音はうまいけど文法は違うな」と思ってました。
Q.最初はその先輩と一緒に働いていらっしゃったんですか?
A.いえ、1日だけです。あとは全部1人でやりました。でもね、その人はとても僕をかわいがってくれて、恩人ですよ。在職中に早稲田の夜学を受けたら受かっちゃって、入学金がなくて困ってたら、彼女がお金をかしてくれました。有難いことです。できるだけすぐ返しました。だけどもとにかく、彼女がやってるのを見て「僕もできる」と思って、で、あくる日から一本立ちです。軍の人たちに随行して、関東地方のあちこちの市役所とか県庁を回って通訳して、まあ今考えると怖いもの知らずでした。
Q.自分から通訳にしてほしいと願い出るなんて大変な熱意ですし、いきなりぶっつけ本番で仕事が始まって、慣れるまでは大変だったと思うのですが、励みになったものは何だったのでしょうか?
A.面白かった。日本と米国の相互理解とか国際交流なんてことは、念頭にぜんぜんなかったけれど、面白かったです。
でも、いちばんのインセンティブはお金ですね。通訳はお金になりました。そして、そのころの米軍の制度には非常にいい点があって、基本給に加えて、「language
allowance」というのがあったんです。語学手当ですね。本人の英語能力および今の仕事でどれだけ英語が必要とされるか、この二つの要素を50対50の割合で計算して、それによって本給の最低10%から5%刻みでなんと最高50%まで加算されるんですよ。本給の50%なんて、今、そんなところどこにも一つもないですよ。
そのうえ、半年に1度、試験を受けることができる。半年たってなくても、ポストが変わった時には、受けることができる。私は必ず受けました。受けるたびに5%とか10%とか給料が上がって、あっという間に50%。かけあがりましたよ。そのプラス効果というのは非常に大きかった。当時は今みたいに銀行振込じゃなくて、給料は現金が封筒に入ってきたわけですから、みんながもらう封筒の厚みで給与の多寡は大体わかる。明らかに通訳は余計にもらってた。
Q.タイピストから通訳になられたのも、同じ理由なんですか?
A.いや、もともと面白そうだと思ってたから。私のまわりの通訳をやってるお兄さん、お姉さん、おじさん、おばさんたちが、かっこうよく見えたんです。で、なる前はお金のことは考えてなかったけど、なってみたら頑張れば頑張るほどもらえるから、すごくインセンティブになった。
今はそういう強力なインセンティブはありません。英語を勉強したい日本の青少年にとって一番の不幸は、進駐軍がいないことだと思います。今、英語ちょっと勉強したからといって明日からお給料が増えるかというとそんなことはないわけです。だから、うまくならないのも無理はないなあ、という同情もありますよ。
| 著書紹介 |
「新編
私も英語が話せなかった」
同時通訳者、教育者として著名な村松増美しが、英語との関わりをはじめ、国際通訳の経験などからえた「生きた英語」を学ぶコツを楽しく紹介。
村松 増美 (著) 日本経済新聞社
1,500円
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