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Page1:強くなりたい一心で、日本へ!
Page2:僕は、「空手家」で「世界人」、国籍は関係ない
Page3:海外へ出たい人は、「行ってらっしゃい!」 |
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きっかけは、『ベスト・キット』?! 強くなりたい一心で、日本へ!
Q.デンマークで極真空手に出会って、18歳で来日されたそうですが、空手を始めたきっかけは何ですか?
ニコラス:強くなりたかったんです、単純ですね(笑)。13才くらいのとき、ケンカになって、ちょっと年上の人に急にボコボコにされたことがあるんです。怖かったんですけど、その「怖い」と思う気持ちが情けなくて、何とかしなきゃ、と。その時に、頭に浮かんだのが空手だったんです。なんでその時に、空手が頭に浮かんだのか、ずっと疑問だったんですけど、今になって思うに、子どもの頃に見た『ベスト・キット』という映画の記憶のせいだと思うんですよね。
当時は、空手の流派とかはわからなくて、たまたま極真空手の道場を紹介してもらったんですけど、そのときは大山倍達*が作ったということも知りませんでした。
朝、学校へ行く前に練習に行って、学校が終わっても道場に行って、「帰れ」って言われるまでいました。それを1〜2年続けていたある日、先輩から、「おまえ、日本の内弟子みたいなものだね」と言われたんです。「内弟子って何ですか?」と尋ねたら、「大山倍達の道場で、住み込みながら直接教わってる生徒のことだ」と言われて、「ちょっと待て!」と。「大山倍達、生きてるの?」って(笑)。だって、モノクロの写真しか見たことなかったから、生きてるのか死んでるのかもわからなかったんです。
その話を聞いて、非常に心が動いて、「日本に行くしかない」と思いました。すぐに「内弟子として雇ってください」と手紙を書いたら「来年の3月に来てください」と返事をいただき、それで来ました、日本に。
*大山倍達…国際空手道連盟極真会館の創始者
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ニコラス流語学習得法とは?
Q.来日前に日本についての知識はありましたか?
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| '99年にはJunko Koshinoのモデルも |
ニコラス:まったく知らないですよ。日本語も知らなかったですし。空手の言葉は多少は知ってましたけど、「後ろ回し蹴り」とか(笑)。来る前に日本に持っていたイメージは、「ハイテクだけど、いまだにどこかに忍者や侍がいるのでは?」という感じです(笑)。
来日して僕は空手の寮に入ったんですけど、汚くて、男しか住んでいない(笑)。30年も前から空手の修行を極めてきた人たちが集まっていて、特別なところでしたから、来てみて逆にショックでしたね、日本の中のまた奥深い日本、というか。
Q.他に、カルチャーショックはありましたか?
ニコラス:食事とか、床で寝ることとか…。でも、日本に来る前に、慣れるためにベットの足を切ったんです(笑)。だからそれは違和感無かったんですけど、食事はやっぱり、朝・昼・晩、主食がご飯っていうのは、「みんな飽きないのかな…」って。ほんと、半年くらいは辛かったですね。寮の食事だったのですが、生卵に納豆とか出ると、「どうしろっていうんだよ!」って感じでした。
でも、不思議なことに、人間は慣れるもので、半年過ぎると、納豆の食べ方にこだわったりするようになるんですよね(笑)。白米も美味しくなるし。今では、日本から離れると日本食が恋しくなったりします。
Q.日本語はどうやって勉強されたんですか?
日本に来る前にテープをもらったんです、会話の。発音練習から始まるテープなんです。そのテープが「日本語の発音第一部、あ、い、う、え、お…」と始まるんですけど、気になったのが「日本語の発音第一部」って言葉(笑)。「これは何を言ってるんだろう、覚えないといけないのかな」って…。なので、一番最初に覚えたのは「日本語の発音第一部」です、まったく役に立たないフレーズですけど(笑)。でもそのテープは伸びるくらい聞きましたね。
日本に来てからは、寮に入って、周りは日本人ばかりだし、生活するには日本語が必要でした。なので、本を買ってフレーズを覚えたり、人が話しているのをよーく聞いて真似して覚えたり。
当時、同級生に「まあさん」という人がいて、その人にはいろいろな言葉を教えてもらってお世話になったんだけど、日本語があまりできない時は、とりあえずコミュニケーションが取れればいいか、という感じで、日本語も「雑」だったんですよ。で、今でも覚えてるんですが、お金がまったくなくて母親から送られてくるのを待っていたときがあって、でも、どうしても1,000円くらい必要だったんです。その時、まあさんに「金、貸して!」って言ったんです。「貸してください」でもなく(笑)。「金、貸せよ」みたいな感じですよ。まあさんは、笑って貸してくれたんだけど、思っていることを正しい日本語でなかなか伝えられないと言うのが1〜2年くらいは続きましたね。
来日してから1年くらいで黒帯を取ったんですけど、その後、道場内の指導を始めたんです。教えるのに日本語はもっと勉強しないといけないし、総裁(大山倍達)の教え方を聞いて、真似したりしました。あとは気合いですね(笑)。
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