小林克也さん インタビュー
Katsuya Kobayashi
日本人の美しい英語のかたち 〜 心の筋力を鍛えよ
いろんな出会いを通して、新しいものを世に送りだしてきた小林克也さん。最後に、英語をマスターして活躍する先輩としてのアドバイスをいただいた。
Q .最後に、英語を学ぶエイゴタウンのユーザーに、アドバイスをいただけますか。
A .そうですね、やっぱり英語を最終目的にしない方がいいと思う。英語が最終目的になると、やっぱり英語屋になっちゃうから。英語を使って、何をやるのかっていうことが大切だと思うんです。
よくね、英会話学校で教えてるイギリス人とかアメリカ人が、日本の若者は何考えてんだって、ぶーたれるんですよ。英語力はあったりするんだけど、しゃべることがないって。言語は出来ても、内容がない。伝えることがない。
「日本の首相は誰?」って言って「小泉」「小泉、好き?」「まあね」って言うじゃない。「どうしてそう思うの?」って聞くと誰も何も言えない。
Q .小林さんも今の日本の若い人に対して伝える内容を持っていないとお感じになりますか?
A .それはね、世代の問題じゃない。日本は習慣的にそういうことが要求されてない社会だから。生活でも仕事でも、日本は「まあいいじゃない」みたいな許しの感覚があって、説明を要求されるような厳しさがないんですよ。だから、英会話学校でしゃべることがない馬鹿だと思われてるかもしれないけど、馬鹿じゃないんですよね。そういう風な習慣で生きてるから仕方ない。向こうだったら多分、馬鹿なりにいろいろ生意気なことを言ったりできる術を子どもの頃から身につけていたりするんだろうけどね。
Q .じゃあこれから国際的に英語を身に付けて出て行こうと思ったら、そういったところを認識して…
A .英語を使うことによって開ける世界がものすごくあるから、まず最初の目標みたいに考えるといいんじゃないかな。それを最終の目標にしちゃうからおもしろくない。
後はね、僕が今日話したことに通じるんだけど、イメージの力が大切ですね。それは10年後にはこういう風なことをしている自分に会いたいなっていうイメージ力。それが一番大切。
真っ白な壁にね、1つ丸いものがあったら、普通の人は「壁に黒い丸がある」とだけ思うかもしれない。でも、想像力がある人は、それを見た時にいろんなことをイメージできる。そういうイメージ力。芸術作品がわかったりするのはそんなイメージ力ですからね。それは何かって言うと、壁があってそれをポーンと高く飛べば向こうが見えるっていう、心の筋肉みたいなもんでしょうね。それを鍛えるっていうんですかね、それを自覚するっていうことじゃないでしょうかね。
Q .「心の筋力」を持つと、英語との関わりも変わりますか?
A .誰でも将来のイメージがありますよね。例えば、10年後、結婚して、家を構えて、子供が何人で、犬を飼って…みたいなイメージ。それに、「英語」っていう要素が入ったらどうなんだろう? って想像する。そうすると将来のイメージが変わりますよね、全然。それで、ポジティブなイメージを広げていく。
Q .今後、日本における英語はどういう風になっていくとお思いですか? 5年後、10年後には、みんなが英語を自由に操れるようになっているという人もいます。
A .まあちょっとは良くなってきてるけど、外国に負けてますよね。今、アジアで最下位でしょ。これは完璧に日本の学校が悪い。中学や高校の試験問題を見ると、「こんなことは大切じゃないよ」ってことをいっぱい聞いてるもん。
5年か10年で変わるというのはないですよ。だって1980年バブルの真っ只中、「10年たったら、もう、すごいよ」って、そんなこと言ってましたよね。20年たってそんなに変わってないでしょ。英語をやろうと思えばまわりにいろんなものがいっぱいあるわけですよね。だけど、やるかやらないかで、宝の持ち腐れにもなる。違いは、その人のイメージ力とか、やる気とか、向上心って言う人もいるだろうけど、それによって違ってくるんでしょうね。
Q .日本は20年前から変わっていない?
A .僕は日本っていう国はめちゃくちゃ変わってないなと思うんですよ。ずーっと長い間生きてきて、ほんとに変わってないなと。で、今の若い人たちに聞くとね、「今は克也さんが若いときと違って、みんな結構欧米化して国際化してますよね」って言うんですよ。でも全然そう思わないもんね。欧米化というのは、国際化とは全然関係ないと思う。
ちょっと変に聞こえるかもしれないけど、日本が一番国際的だったのは、おそらく、江戸時代だったんじゃないかと思うのね。社会的には鎖国という問題があったかもしれないけど。平安文化なんかは、中国っぽいもののアレンジだったけど、江戸時代に日本に独特のものが生まれてる。国際化っていうのは、みんなが同じようになるんじゃなくて、みんなが一人一人違うっていうのが、ほんとだから。
Q .結構厳しいご意見ですね。では、もっと日本独特のアイデンティティになるような文化的なものをこれから作るべきだと?
A .いや、もう作っていこうって言ったって無理かもしれない。自分のアイデンティティは他者との違いから、自分で感じられるんじゃないかな。例えば昔、黒人に憧れて黒人になろうとした流行があったけど、実際にまねて音楽聞いて生活してみると、自分との違いがはっきりしてくる。一種の自己発見ですよね。
Q .日本のアイデンティティが希薄な中で、英語を話しながら「自分は日本人だ」というのをお感じになりますか?
A .僕はそれはもうものすごく一人感じてますよ。それで、いろんな段階を経てきましたね。
まず、僕らの中学の教科書は「Jack&Betty」から始まってた。「My name is Jack Jones.」って習うわけですよ。で、女の子は「My
name is Betty Smith.」。もう猿真似から入ってるわけですね。「一体あれはなんだったんだろうか?」「一種の洗脳だったんだろうか?」とか思うわけ。
次に、僕はラジオ少年だったからラジオを聞いて、この人はどういう風な人だってことを感じるわけね。聞いて、想像するわけです。こんなしゃべり方もあるんだとか。その中で、例えば、昔のFENで、黒人だけど、すっかり白人になってしゃべってる人がいたんです。話し方から、白人の人だと信じ込んでいたんですが、ある日、黒人だってことがわかって。で、そのうち、自分もしゃべるごとに、「あ、俺、白人みたいにしゃべってんな」っていうのが分かってきた。でも「俺、白人じゃないんだけどな」って。そうすると、日本人として一番理想的な英語は何なんだろうと考えるわけ。
だから、いろんなものを聞いて考えましたね。黒人のもの、リズム&ブルースなんかを聞くと、自分は黒人じゃないってことが余計にわかる。ひょっとしたら、子音と母音のこういう感じでいくと、スペイン語っていうのは日本語に近いから、例えば発音なんかはスペイン系あるいはメキシコ系の人たちがしゃべる英語っていうのは、ほんとは日本に近いんじゃないかと思って聞いたり。そうすると、近さはわかるんだけど違うんだってわかって。日本の帰国子女はみんな白人の英語をしゃべるわけね。でも、アメリカにいる日系3世は、3世イングリッシュを話す。3世イングリッシュっていうのは、ハワイのピジョンイングリッシュなんかとちょっと似てるんだけど、独特で、あれも1つの形だけど、やっぱりアメリカ人だなって感じるんですよ。
それで、日本人でいちばんかっこいいのはなんだろうって考えたら、三船敏郎っていう人がいる。三船さんは「I think so.」って言わないわけですよ。「アイ シンク ソー」って。「イエス、アイ シンク ソー」って言う。「ノー、アイ ドン シンク ソー」って言う。これは1つの日本的な、武士風な1つのかっこいいスタイルだよなって。
「スネークマンショー」でやってたのは、1つの、そういう自己発見の道から出たことでもあるんですよね。
Q .同じ英語と言っても、日本人の英語っていうものがあるんじゃないか、と。
A .そうですね。僕が、特に感じたのはね、アジアには独特の「やわらかさ」みたいなのがあるんですよ。
ヨーロッパやアメリカの言葉にはないんだけど、例えばインドネシアだとか韓国には「やわらかさ」があるんですよ。で、英語を聞くとね、やっぱりそれが残ってるんです。僕は昔よく短波なんかも聞いたんですけど、そうすると、日本のNHKでアナウンサーがしゃべる英語と、韓国のアナウンサーがしゃべるラジオ・ソウルの英語がものすごくよく似てるんですよね。他にも、ハワイの英語、ピジョンイングリッシュっていうのは、アジアの人たちが寄ってたかって作った言葉で、独特のミュージカルなところがあるんですよ。英語はよく、ストレス=強弱の言葉だって言われるけど、ハワイの英語はすごくミュージカルなんですよね。
それで日本人がしゃべる理想の英語っていうのはやっぱり、やはり皇太子さんかなって。1つの美しさがあるんですよ。品の良さって言うのかな。すごくソフトなんですよ。もともと日本語も優しく話されるでしょ。「なんとかでございますから」って。そういう英語なんですね。いわゆる東洋的な美しさが残ってて、イギリスで学んでるから文法的な間違いもないし、とてもきれいな音なんですよ。
Q .小林さんの英語はアメリカの英語だというイメージがあったのですが。
A .慶応の学生のときは、アメリカ人に「お前、アメリカの南部にいたのか?」って言われたんですよね。プレスリーなんかを聞いて真似してたから、南部訛りだったんですよ。かっこいいと思って。そういう憧れから入っていったわけですが、その後ものすごく変わっていきましたね。
最初、僕の英語はその南部訛りがあって、でも白人じゃないんだっていう意識が出てきて、黒人風の英語に凝ったこともあった。特に70年代の開放以降の黒人っていうのはわざとはっきりしゃべったりとか、独特の黒人節があるんですよ。ジャマイカとかブリティッシュ英語の良さっていうのもある。僕の英語は、そういうのが狙い的に入ってるから、僕がしゃべると、「お前の英語、なんなの?」って。ニュートラルじゃなくて、いろんなものが入ってるんですよ。すごく雑種の英語ですよ。
日本人としての英語っていうのを追求していくと、1つの答としては日系3世の英語がありますよね。昔、僕がやっていた番組『百万人の英語』を3世の子とやってたんですが、帰国子女なんかの子とは、全然英語が違うんですよ。3世イングリッシュなんです。他にもね、3世でもわざと黒人っぽくしゃべる人もいるんですよ。自分たちは「白人じゃないんだ」みたいな意識があって。ちょっととがった4世とかね、しゃべり方が違うんですよ。僕はそういうものにものすごく興味があるんです。
Q .小林さんみたいなネイティブとほぼ間違えられるぐらいのレベルの英語というのはどうやって身につけたらいいのでしょう。
A .それはね、自分の欠点を発見していくことなんですよ、ずっと。「ここが、ダメなんだ、自分は」って気づいて、それを直していくんですよね。
僕、普段は英語しゃべってないんですよ。国を出たこともほとんどないしね。仕事で、例えば外資の会社に行っていつも上司としゃべってるとか、そういうのじゃないんです。
Q .普段から、毎日毎日英語を話して暮らしていなかったら、「自然さ」を出すのが難しい?
A .難しいですよ、最初はね。だけど、自分が味わったことがある境地までは戻りますよ。だからインタビューしたり海外へ行くときは、英語の頭になったり英語の口にするために、読むんですよ、会話帳とか、なんかやわらかいものを。読んでって、「グルーブ」のようなものをつけて行くんですよ。野球の選手がランニングしたりとか準備運動するのと同じようにね。例えば10日間とか海外へ行ったりするじゃない。そうすると、1週間ぐらいたつと、「あー、すっげえ、英語がもう全く不自由なく出てくるなあ」みたいなノリがあるわけですよ。「あー、出てきた、出てきた。これでもう1年いれば全然違うなあ」って思うんだけど、帰ってこなきゃダメなのね。帰ってきたらまた、正確な日本語をしゃべったりする番組をやったりするわけね。もう全然違うんですよ。普段の生活の中でしゃべってないから、準備体操みたいなのをしないと全然出てこないんですよね。
Q .小林さんのようなレベルでも英語の「準備体操」をなさってるんですね。では、最後に座右の銘を教えてください。
A .座右の銘は、やっぱ「心の筋力」だね。心の筋力を鍛えよう!
どこまでも渋い小林克也さん、ありがとうございました。